日の名残り (ハヤカワepi文庫)
カズオ イシグロ
早川書房
2001-05-01



『日の名残り』
カズオ・イシグロ/著

『一日目ー夜』から抜粋。
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『品格の有無を決定するものは、みずからの職業的あり方を貫き、それに堪える能力だと言えるのではありますまいか。並の執事は、ほんの少し挑発されただけで職業的あり方を投げ捨て、個人的なあり方に逃げ込みます。そのような人にとって、執事であることはパントマイムを演じているのと変わりません。ちょっと動揺する。ちょっとつまずく。すると、たちまちうわべがはがれ落ち、中の演技者がむき出しになるのです。』

抜粋部分のように主人公スティーブンスは生真面目で理想と誇りを持って執事という職業を全うしてきました。
彼の旅と過去の来し方が交差しながら、時間さえ自在に行き来して話は進みます。
この小説の中に幾度も出てくる『アメリカ流ジョーク』に対するスティーブンスの戸惑い。

どなたか、この執事の生き方は殿様に仕える日本のサムライのようだと評しておられましたが、それこそ何かの冗談かと思いました。
日本における家老でさえ、イシグロが描くイギリス流執事とは別物です。
サムライと執事の役割もあり方の本質も全く別物であるように、ユーモアの質でさえ全く違うように私には感じられて仕方ありません。

暖かさもユーモアも、哀しみを包み込んで読みながら笑みを浮かべてしまう、翻訳も美しい一冊です。

 『カズオ・イシグロの愛国心』
昨年7月、イギリスのEU離脱を決する国民投票の結果を受けて、カズオ・イシグロがFINANCIAL TIMESに寄稿しています。
ノーベル文学賞の受賞理由と彼のこの寄稿を読み合わせると、彼の複雑な内面の一端に触れることができるような気がします。
自身がどのように英国を愛しているかが切々と書かれています。
EU離脱の結果を受けてもなお、イギリス国民を信じたいと。
内容は政治的意見ですが、自身の生い立ちにも触れています。
それ故に説得力ある言葉になっているのだと感じます。
彼の作品に見える多面性が生い立ちに深く関わることを知る手がかりとしてリンクを残しておきます。
彼が日本に生まれ、日本に対して特別な感情、愛情を持ちながら英国籍を取得した経緯には、
紛れも無い英国への愛国心が、それも移民の1人としての愛国心があったのではと、胸を打たれます。
5歳で英国に渡ってからこれまで生きてきた中で、カズオ・イシグロが見てきた英国は、
ヨーロッパの中でも特別、公平で公正な国だったと。